パスタオーバーの日にアマトリチャーナを作った

料理を作った

こんにちは、ペーパーフードコーディネーターのねこけち(@necokechi)です。

好きで時々作るアマトリチャーナを作りました。本家本元に怒られるかもしれませんが、食べてくれる人には簡単に「ベーコンのトマトソースのスパゲッティ」と伝えています。

 

 

アマトリチャーナについて思うこと

本場のアマトリチャーナ(wikipedia)はいろいろな決まりごとがあるらしく、グアンチャーレとか言う豚のほほ肉の塩漬けを使うだとか、パンチェッタとか言う豚バラの塩漬けを使うだとか、ペコリーノロマーノとか言う羊のチーズを使うだとか、ブガティーニとか言うパスタを使うだとか、本気で作ろうと思ったらまぁ面倒くさいことになってしまいます。日本のご家庭では材料をそろえるだけでも相当きついのでは?

 ということで正確に言うとアマトリチャーナではなくてアマトリチャーナ「風」のものを作りました。

肉はとりあえず何とかの塩漬けとかいうカッコいいものは無いんで、ベーコンを買ってきました。スライスではなくてブロックのやつ。チーズは安い粉チーズ。パスタはブガティーニとか無いんでスパゲッティで。一応最安のものでなくてディチェコにしておきました。

 

・玉ねぎとにんにくはみじん切り、ベーコンは拍子木切りに。

・ベーコンを弱火で焼いて脂を出す。

・にんにくを入れて香りを出す。

・玉ねぎを入れて炒める。

・トマトの水煮を入れて煮る。

・塩で軽めに味をつける。

・パスタを茹でる。5分くらい

・パスタとソースを合わせる。ゆで汁を加えながら火を通していく。

・混ぜながらパスタの固さ、塩加減を調整する。

・粉チーズとオリーブオイルをかける。

イタリアンを作るときに難しいと思うこと

とりあえず今回のキーは肉の脂をじっくり出すところだと思ったんですが、だいたいいつも苦戦するのは「塩で味を調える」の部分です。

ラーメンはいろんな旨味をどんどん足していきますから塩だけで味をつけるっていうことは少ないし、和食や中華なんかも醤油やみそなどの発酵系調味料と、酒や味醂なんかも出てきて、結構味付けは複雑にします。だから塩加減が少しズレても、何とか「おいしい」の範疇に着地させるのがやりやすいと思っています。

一方でイタリアンとかフレンチとかは味付けは最後の塩だけ、とかいうレシピもよくあって、その加減がすごく難しい印象です。ちょっと足りないとぼやけるし、ちょっと多いとすぐしょっぱく感じるし、あれは何回味見してもうまく調整できません。

ただこれも若い時に比べるとなんとなく上達はしているようには感じます。技が練られたのか、それとも若い時に旨味を求めすぎていたのが年を取ってシンプルな味を好むようになっただけなのか。

パスタオーバーの日について(宗教について)思うこと

無宗教ですと言うと、へぇーって流されて結局既存の宗教に巻き込まれそうだから、スパモン教徒(wikipedia)になった、と言い張っています。

僕は古文や漢文や日本史に興味があるので、自然と仏教についても興味がないことはないのですが、自分では仏教徒ではないと思っています。寺院や仏像は見ていて美しいなと思うこともありますし、昔の人が仏にすがったり、出家するといって逃げ出すのも人間的で興味深く感じることもあります。

でも自分ではやりたくありません。野球やサッカーを見るのは好きでも自分でやる人ばかりではないのと同じです。

だいたい仏教の基本概念は輪廻から解脱する、っていうことなのかなと個人的には理解していますが、それが一番しっくりきませんね。生まれ変わりとか信じられないし、解脱してどこにいくんだろうか。なんなら解脱せずにもう一回動物とかになってこの世に生まれた方が楽しそうと思うまである。

で、おそらく大半の日本人は僕と同様に仏教の教義なんかどうでもいいと思っていて、人が亡くなった時だけ(葬儀の時だけ)仏教の形式を使うことになります。結婚式はなぜか西洋の神様に誓う人も多いです。

で、それが好きでやってるんなら止める必要もありませんし、いやでやらないんなら強制してほしくないんです。だいたい宗教に金払いたくないです。宗教なんてこころの持ちようだから、なんなら僧侶に登場してもらわなくてもネットで考え方を調べて自分で信じたらいいだけだし。

まあご先祖様が仏式で、っていうんならそれは尊重するつもりだから、自分一人が仏教徒をやめても僕の経済負担はさほど変わらないんだがな。

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